未来からの手紙 

こんにちわ

“未来からの手紙” ということで今日は書いてみます

未来といっても近い未来で、もうその未来ははじまりはじめているのですが

前の記事でお伝えした通り、私は俗に言う駐妻としていまジャカルタで暮らしております

はたから見れば、なんとも優雅で裕福な生活かと思います

「お金」と「時間」に困らないなかでの生活です

これってすこし未来の生活みたいじゃないか?

と、ある時ふと思ったのです

ベーシックインカムが導入されれば、「お金」のために働く人は減り

AIやロボットがより普及していけば、「時間」にもきっと余裕がでてくる

そうなったとき、人間はどういった感情になり、どんな欲求を持つのか

何を幸せと感じるのか

いまいろんな場所で議論されている内容だと思います

駐妻という名前の時間とお金のために生きる必要がない生活になったとき

私が感じたのは、

怖れ、虚無感、停滞感など

不の感情たちでした

いまは前に比べると不の感情は減りつつあります

それは自分及び駐妻という生き物の現在の欲求を客観的に整理することができたことと

1冊の本との出会いが主なきっかけとなっています

本のお話はまた次回にするとして

今回は欲求のお話

自分自身がこちらで生活をしているなかで、

また周りの他の駐妻を見ているなかで気づいた私たちのもつ欲求が下記です

 

1 関わりたい欲

2 学びたい欲

3 役に立ちたい欲

 

関わりたい欲について、人は一人では絶対に生きていけないと思います

家に一日中ずっとこもって誰とも話をしないと気が狂いそうになる

時が止まっているのか進んでいるのかわからず、時間の感覚が麻痺します

だから外にでて、友達とランチやお茶をする

なんとか友達(話し相手、関わる相手)を作ろうとする

誰かとどんな話でもいいから話をして、時間に使われるのではなく、

時間を使っている感覚になろうとするのではないかなと思います

 

学びたい欲について、人は成長したいと願う生き物だと何かの本で読みました

止まっている停滞しているという感覚に恐怖を覚えるように

プログラムされているのだと思います

だからこそ、どんなことであっても「学び」に飢えています

言語やお花、運動など習い事に足しげく通うのはそのためです

人に関わりながら、学べるのであれば、欲も2倍満たされて一石二鳥

誰かと一緒に何かを学べる、ということにとくに需要があるように思います

 

役に立ちたい欲について、誰しもできることなら人の役に立って生きたいと

人のためになることで自分の存在価値を見出したいと思うものだと思います

これは自己表現欲求かつ承認欲求にもつながるでしょう

もちろん一番は家族や友人のためでしょう。しかしそこがある程度満足すると

やはりそれ以上を目指したくなります。

そのために有用なのがSNSです。

こちらでは多くの方がInstagramのアカウントもしくはブログを開設し

お店の情報や日々の生活のこと、誰かに役立つかもという気持ちで情報のシェアをしています

コミュニティが狭いため、そこからつながりができ新しい関わりができることもあるので

関わりたい欲、役立ちたい欲も満たすことができるツールです

 

以上が私が考察した、駐妻のもつ欲求3つでした

この欲求のそれぞれの強さは人により様々ですが、根本はこれではないかなと思います

私の場合は、2の学びたい・成長したい・停滞していたくない欲が異常に強く

役に立ちたいがその半分くらい、関わりたいがちょっとという感じです

なかには、関わりたいがほとんどで他はそんなにないという人もいます。

そんなに未来じゃないじゃないか。と思ったでしょうか?

そうです。なぜならその未来はもう始まっているからです

それがさらに強くなってくると思います

 

CAMPFIREのCEOである家入一真さんの、「なめらかなお金がめぐる社会。」

という本のなかで、家入さんはこうおっしゃっていました

「がむしゃらに働いて頑張っていれば、継続して評価され給料があがり自分も会社も国も上向きに豊かになり続ける時代はおわった。 - 中略 - ”会社のために生きる” とか “生活費を稼ぐために生きる” といった生きる目的を外部に依存することもできなくなる。その時代で唯一大事なのは、”自分の内的欲求をいかに満たすか”であって、自分なりの生きがいを見つけて、幸せを追求できるかだ」

同社取締役の谷家さんという方は幸せをこう定義しています

「つながりがあること」「成長」「自己表現」

私が考えた駐妻の欲求と似ています

 

人間がみな本能的に持っていくであろう欲求を

どのようにみたして生きていくか、早いタイミングから考えていくことで

未来の幸せは得られるのではないかなと思います

 

駐妻という未来を生きる人類からの手紙でした

次回につづく・・

 

 

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駐妻というモノ

はじめまして

インドネシアはジャカルタという場所に住む駐在員妻Aです

この場所にきて現在半年が経とうとしています

駐妻と聞くと「優雅ねえ〜羨ましい〜」と思うでしょうか

確かに、優雅ではあります。

なぜならみなさんと違って時間が山のようにあるから。

特に急ぐ必要もないですし、時間を毎日たっぷり使えますから。

そして、お金にも困っていません。

私もこの場所に来るまでは、バリバリと本当に音がするくらい

バリバリと働いていました。

お給料もそんなに高くなく、消費と浪費とちょっとの投資で

使い切ってしまうくらいのお金でした。

もちろん時間は常にありません。

あの頃は、暇そうな人を見ては、頼むからあなたの時間をください。

と思っていたものです。

そんなお金と時間を削りながら、必死に得るための生活をしていた私が、

お金にも時間にも大幅な余裕を持つ生活を、この国で送りはじめたのです。

この国では、買いたいものもとくにありません。消費欲はほぼ湧かないです。

お金の使い道は、必要消費物と本と外に出るためのお金くらい。

駐妻は、平日昼間からランチしたりカフェ行ったり、優雅だよねえ〜

とこれまた思うかもしれません。

が、私からすれば、その行為は鬱にならないための手段です。

外に定期的に出る用事を作らないで一日中、一人で家にいると

時間が流れているのかなんなのか、もうよくわからなくなってきます。

人混みと会話にまみれることで、生きてることを実感する必要があるから

外にでるわけです。

 

なんだか駐妻って暗いな・・と思わせたところで

次につづく・・

駐妻の闇に落ちそうになった私が、もがく生活をすこしばかり共有いたします。

お楽しみに。

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